不平等国家中国―自己否定した社会主義のゆくえ(園田茂人/中公新書)

1.特徴・利点
 中国における階層分化やその社会的影響については、これまでもジャーナリストから様々に優れた報告(清水美和「中国農民の反乱」、同「中国『新富人』支配」等)がなされてきましたが、データできちんと示される著作は少なかったと思います。本書は中国人(都市住民)が格差拡大をどのように受け止めているかについて、日本人研究者が一次データを収集・分析した概説書としてはほぼ初めての著作です。また、アンケートの取り方も工夫がなされていて、日本で半世紀の実績をもつSSM調査との比較や日中以外のアジア諸国との比較できるなど、多国間比較に配慮している点が大きな特徴です。
2.特筆すべき事実(以下メモ的に)
 ・中国都市住民は学歴がもたらす所得格差を業績的評価と捉え概して肯定的(コネ・地位等によるものは属人的評価として否定的)、低学歴者ほどそれが顕著(リターンマッチ志向)
 ・農村出身の都市への出稼ぎ労働者は、農村に居たときと比べると生活満足度高く都市の治安を乱す要因と見なすのは早計(但し、都市生活が長引けば都市住民の生活ぶりと比較するようになって不満を抱く可能性あり)。農村からの人口流入について、都市住民の方は低所得者層ほど否定的・警戒的。
 ・既婚女性が男性と対等に働き稼いでくることを当然視する社会主義的伝統と「(自分より高収入の)良き伴侶を見つけること」への期待に挟まれ悩む高学歴中国人女性
 ・近年増加してきた都市中間層は、既存メディアよりインターネットで得られる情報を信頼しており、言論の自由にも高い関心持つが、政治的行動についてはデモ等より有力者へのコネを用いることを選択する等概して保守的。欧米の一部で期待されている「民主化を志向する中間層の台頭→体制転換」という図式は成立しそうにない。
3.重要な背景
 以上列挙した事実の背景として、本書は
 (1)’90年代後半以降の国有企業民営化等の改革は、公務員の所得が非国家部門の従業員に比べ大きく増える等、共産党員も含めて既得権益のあるグループが最大の受益層だった。*1
 (2)政治・文化的資源のみならず経済的資源についても優位の立つようになった彼ら既得権益層は、これ以上の格差拡大は自分たちの正統性を失わせかねないとして是正の方向に動いている。
 を挙げています。(1)が新中間層でもある彼らの保守性を説明し、(2)が高学歴層でもある彼らがこれ以上の所得拡大に低学歴層と比べ否定的で、都市への出稼ぎ労働者に対し低所得者層と比べより融和的である事実を説明すると言う訳です。
4.感想
 データ用いる利点は、何と言っても安易な思い込みを正すことができることにあります。例えば、不平等の象徴として取り上げられる出稼ぎ労働者達が現状肯定的で政府に対してさして期待を抱いていないという事実は、とかく「農村の食い詰め者」と彼(彼女)等を否定的に捉えがちな我々日本人や中国都市住民の認識を改めるきっかけになり得るでしょう。
 また、本書は中国の中で比較的恵まれた都市住民、さらにその中でもエリートである高学歴層の本音が伺える点が収穫です。日本人がまず接触することが多い中国人の類型として彼(彼女)等が学歴や自国の格差についてどのように考えているかを知ることは、個人レベルでも集団レベルでも摩擦を解消し円滑に交渉する点有益だと思われます。

*1:一連の改革がどのようにして国営セクタの従業員に利益をもたらしたかについて梶ピエール氏が考察されている。http://d.hatena.ne.jp/kaikaji/20080616/p1参照