チーズの値段から未来が見える 上野泰也/祥伝社

ISBN:9784396613044
 著者は、証券会社のチーフエコノミスト景気動向から債券・為替市場等の動向を予測し、顧客に情報提供するのを生業としている。民間金融機関系シンクタンクや官庁のエコノミストと比較すると、証券取引所等「経済の現場」により近い所に身を置いている人と言える。
 タイトルが示すように、日常の必需品としてのチーズの値段、GWの人出や企業トップの年頭所感など、手間さえ惜しまなければ誰でも入手可能なデータや記事から、適切な将来予測が可能なことを示しているのが本書の最大の売りである。そのうえで、国内経済に対して長期的かつ一貫した見方を示されており安定感があるのも特徴だ。その見方とは (1)日本の景気動向は輸出頼み (2)根強いデフレ圧力が日本経済に内在していること (3)高度成長期のように「全体を底上げするような」景気拡大ではなく、大企業と中小企業の業績や東京と地方の景況感等のように格差が拡大してゆく、言わば「格差景気」ともいえるタイプの景気拡大が近時の特徴であること、の3つである。
 例えば、著者は上記(2)のデフレ圧力の存在を示すのに、「チーズの値段」を次のように用いる。’06の初頭、なるほど消費者向け「チーズの値段」は確かに上昇した。しかし’07以降、供給面で大きな動きが見られないにも関わらず、価格は息切れし同年下半期以降むしろ下落の一途を辿っている。直接消費者と相対しているスーパー等がメーカーに値上げに抵抗を示し、プライベートブランドの拡充など原材料価格上昇を安易に消費者に転嫁しないようにしているのが実際だ、と著者は見る。昨今の原油高を含めて原材料価格などいずれは価格調整される供給面の事情と、人口減少に加え、依然続く人件費削減による賃金減、税・保険料の負担上昇、景気引締めの方向に運営されがちな政府・日銀の財政金融政策等を背景とした国内の需要縮小とを比較し、いずれが持続的なものか、と読者に問いかけている点に説得力を感じる。残る(1)(3)についてもそれぞれ適切な例により説明しているので是非本書で確認していただきたい。
 日本経済に根深いデフレが巣食うことを見て取る著者が、景気後退時に利下げの「のりしろ」を欲するため、景気の実態と懸け離れたところで利上げの機会を伺う日銀を批判している点も見逃せない。
[関連書籍]
 既に見たように現場での情報収集の上に立って編まれた本書だが、理論的アプローチに基づく本と対立するものではなく、むしろそれらと相補的な関係にある。デフレ方向の政策を予想されてしまう傾向について歴史的・国際的な視点から考察したい向きには「円の足枷」(安達誠司/東洋経済新報社)*1が、本書で一覧表にて紹介されていた主要経済指標についてさらに詳しいことを知りたい向きには「経済データの読み方」(鈴木正俊/岩波新書)*2がお勧め。