さよならピアノソナタ 3 杉井光/電撃文庫

ISBN:9784048671828
 口絵が可愛すぎるぜ。おへそ! おへそ!(Nothing but Electric Empty Text)
 ↑御意。2巻の水着姿よりそそられたなぁ。
 恋を音楽で紡いでゆく青春物語もこれで3巻目。バンド崩壊の危機を何とか乗り越えた夏休み明けの二学期。校内クラス対抗合唱コンクール、体育祭でのクラブ対抗リレー、文化祭でのコンサート…と目白押しのイベントの中で、相変わらずいっぱいいっぱいの直巳と女の子達との交差/すれ違いが描かれてゆきます。

真冬

 ここへきて俄然積極的になってきたのが天才音楽少女真冬。合唱コンクールでは伴奏のピアノを弾くのを買ってでたり、対抗リレーに出たり1巻では考えられなかった行動にでます。それらの行動の理由の先にいるのはたった一人の男の子。

 「……あのチケットほしいの?」
 「そうじゃないの!あ、あなたと、響子が」(p.46)

 「困るの!もっとしっかりしてくれないと!あなたは、わたしの――」(p.127)

 感情表現は相変わらず不器用ですが、その分いじらしさが切々と伝わってきます。ちなみに上のセリフで「――」に入る言葉は巻末で明かされます。必見。

千晶、響子先輩

 前巻まで影が薄かった幼馴染の千晶も攻勢に出てきましたね。

 「……でも、あたしの不幸はたぶん、好きな人と最初から一緒のバンドにいること」
 「そこで満足しちゃう。これ以上どうにもならなくても……今は一緒にいられるから、それでいいんじゃないかって、思っちゃう」(p.171)

 「『きらい』は、楽なんだけど。離れればいいだけだから。『好き』はつらいよ。距離はゼロより小さくならないもんね。どうしていいのか、わからない」(p.255)

 これまたやるせない。直巳の真冬への鈍感さに純粋に怒る等して(p.94)2人の仲をけしかけるような行動をとりながら、つい口に出てしまうのは、乙女の本音。ここに来るまでどういう思いで過ごしてきたのか、と思わず1-2巻を紐解いてみずには入られなかったです。
 ちなみに、響子先輩はコンクールや文化祭を有利にすすめるため、元気に暗躍しているのは相変わらず。それでも

 「きみは私の半身、愛するポールだ。他に理由があるの?」(p.214)

等のドキっとするセリフを直巳に投げてきます。

ライバル(?)、ユーリ登場

 以上のような3人の攻勢にも関わらず「鈍チン」のままの直巳。作者が業を煮やしたかのように、今回投入されたのが真冬とは旧知の仲の天才ヴァイオリニスト、ユーリです。少女にも見まがう容姿に加えある素敵な属性を持つ彼は、

 「ナオミは、真冬の、なんなの?」(p.108)

と直球をぶつけてきます。他にも

 「真冬のこと好き?」(p.287)

とか。
 真冬の指が動き出したことへのユーリと直巳の反応が今回のストーリィを引っ張ってゆくのですが、ユーリの真冬に対する執着が単に音楽上のものなのか、それ以上のものなのかが不鮮明なので、修羅場にはなりません。しかし真冬の音楽界復帰でユーリと過ごす時間が否応なしに増えていくでしょうから、次巻以降どういう展開が待ち受けているかは作者と神のみぞ知るでしょうね。

まとめ

 キャラクターの造形は割合テンプレートですが、キャラクター同士の絡ませ方が絶妙で、それがセリフの秀逸さになって現れてくるという感じですね。ストーリィの行方にハラハラするというよりもセリフから覗くキャラクターの情動への共感を楽しむラブコメだと思います。あと鬱展開が苦手な方には安心してお奨めできるかと。
 そして、これも学園物によくあるパターンなのでしょうが、今ある場や人間関係がいつか消えてなくなる一時的なものであることへの悟り・諦念が基調低音となって一種の寂寥感を醸し出しています。学校全体が祝祭空間と化した本巻ではなおさらその思いを強くしました。別離を現したタイトルを掲げているのはダテではないと思います。