ベッカー教授の経済学ではこう考える ゲーリー・S・ベッカー、ギティ・N・ベッカー/東洋経済新報社

ISBN:9784492312506
 今さらながらの読了。’80-‘90年代に書かれた新聞コラムが収められているので、日米構造協議が取り上げられている点などに隔世の感がする。しかし、時代・場所を問わず普遍的に妥当するのが学問的成果の学問的成果たる所以。今日においても刺激的で参考になるトピックスは数多い。
 全体にみなぎるのは、「他人に害を及ぼさない限り人は選択の自由を持つ」とする強い自由主義的論調だ。当然のことながら、個人の「選択の自由」を阻害する施策について著者は強く否定する。例えば、需給法則を先刻承知している人にとっては当たり前のことであろうが、労働需要が増えていないにも関わらず「最低賃金制」などの賃金規制を行うことで企業の採用意欲を減退させる結果、失業率を高めてしまうことを警告する。世間的「常識」とスジの通った思考がもたらす結論との差異についてじっくりと考えていきたいところだ。
 本書では、様々な規制に代わり個々の経済主体に対し様々なインセンティブを与えることで妥当でムリのない提案を行おうとする。その際強調しているのが、市場競争原理を活用することの重要性である。例えば、貧困家庭の子どもに進学の選択肢を広げるべく教育バウチャーを付与する提案と同時に公立学校でも私立学校同様授業料を徴収するよう提案を行う。現状では公費によってまかなわれている公立学校の維持費を授業料に基盤をおくようにすることで、私立学校と同一条件にするのが狙いだ。そして授業料を負担できない貧困層にバウチャーを与えることで公私立問わず学校の選択幅を広げ、選ばれる側の学校には教育内容・環境改善などの競争を促す。著者の同僚フリードマンが「資本主義と自由」*1で提案したアイディアをほぼそのまま敷衍したものだと言える。
 この「教育バウチャー論」で思い出したのが、橋下大阪府知事が「教育行政に関わる公務員は子どもを公立に入れるべき」「全員公立を入れるという法律を作ってください」と語ったこと*2。公務員の子どもの進学意思を無視しているだけでなく、教育の多様性の必要を全く理解していない愚論である。「私立は所得に余裕のある人が行くもの」という固定観念にぶら下がり、またそのような観念を持つ人々に阿らんばかりの首長の発言と、低所得者層にも多様な教育による恩恵をもたらそうとしたフリードマンやベッカーの考えの優劣は言うまでもないだろう。橋下氏の「慎慮のなさ」を改めて認識するとともに、格差拡大の元凶よばわりされがちなシカゴ学派の経済学者に対する真っ当な評価の必要性を痛感する。