ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート 森田季節/MF文庫J

 陳腐だけど「新人離れした完成度」という形容が一番よく当てはまる作品。
 「タマシイビト」という異界からの来訪者に記憶と生命を狩られ続ける「イニシエビト」。数年を経ずして蘇る「イニシエビト」に関する記憶は人々から失われている。「イニシエビト」がその存在を人の記憶に留めてもらうには、「タマシイビト」に殺される前にその人に殺してもらわねばならない。かつてその記憶を留めるため「イニシエビト」の少女を殺した神野真国(じんのまくに)と左女牛明海(さめうしあけみ)の前に再びその少女栄原実祈(さかえばらみのり)が姿をあらわす。都市伝説を題材にした青春恋愛小説です。
 殺人シーンが繰り返されるのに残酷さを感じなかったのは、人が他人に対して向ける自意識の象徴として理解したからでしょうかね。他人に記憶されることで初めて「自分」は存在できる。記憶から抹消され「存在した」こと自体が否定されることに肉体的な死以上の恐怖を感じます。まして明海達のように中高生の時は尚更それは切実ではなかろうかと。作者の現住所地ということだそうですが、千年の死者の記憶を溜め込んだ京都が舞台となっているのも狙ってやっていることなのでしょうか。
 他人に記憶して貰うために、真国と実折は「ベネズエラ・ビター」なるバンドを始めるのですが、「ピアノソナタ」のように行間から音色が聞こえてくるような音楽描写は残念ながら期待できません。ただ、素で聞けばひたすらエグく青臭いだけの歌詞を自己肯定の賛歌として聞かせるパワーには圧倒されました。
 「このラノ2009」の投票締切を目前にしてこんなに力のある新人さんの登場は正直想定外。どうしようか。癖があって読者を選ぶ作品であるのは間違いないのですがね。

この作品の書評
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