最底辺の10億人 ポール・コリアー/日経BP社

本書の意義

 これまで一様に「貧しい」と形容されてきた途上国は、「急激にあるいはそこそこに成長する」40億人のいる国々と大部分がサハラ以南のアフリカに集中する「停滞または経済が縮小してゆく」10億人のいる国々の2つに分裂した。本書は後者にスポットを当て、それらの国々の成長を阻んでいる真因(著者は「罠」と呼んでいます)は何なのか、その枷を取り除くために(特に先進国が)できることは何があるのかを論じていきます。
 著者は世界銀行において開発研究グループ・ディレクターを務め、現在はオックスフォード大アフリカ経済研究センター所長。マクロ経済学ミクロ経済学そして政治経済学と幅広いアプローチでアフリカの現状についての分析を行っており、学術面と実務面にまたがって業績を残してきた人物です。 http://users.ox.ac.uk/~econpco/ 

お薦めどころ1:統計研究による原因追及

 世銀で途上国の開発研究行うセクションを率いていた著者らしく、統計研究を駆使し最貧国の発展阻害要因を解明してゆくところが醍醐味ですね(第2章〜第5章)。
 例えば、長引く内戦や頻発するクーデタ等という1つ目の「紛争の罠」を読み解くところでは、(1)低所得(2)低成長(3)農産物など一次産品に依存した産業構造が「紛争」の起こり易さと相関関係にあると解析。対照的に(1)所得の不平等や(2)民族の多様性(3)植民地支配に象徴される過去の歴史等と「紛争」との間には関連性があまり見られなかったとしています。ユーゴやルワンダ等の紛争から多民族性と紛争とをすぐに直結してしまいそれ以上深く考えずにいる場合が多いなかで、本書では紛争が当該国の経済や社会にもたらす長期的かつ広範な影響(生産基盤・流通インフラの破壊、疫病流行、内戦再勃発の可能性等)を目配り良く考察してゆくところに説得力を感じます(第2章)。
 また、資源国であるにも関わらず貧しさから脱することが出来ない理由を読み解く2つ目の「天然資源の罠」では、独裁制を採る資源国より民主制を採る資源国の方が、資源によるレント(超過利益)を元手に利益誘導を図る政治家が多く出るため効率が悪くなることを立証。民主化の実現のためには、単に選挙を導入させるだけではなく政治家を監視システムの導入を説きます(第3章)。
 この他、海と隔たることで国際市場へのアクセスが細くなってしまう「内陸国であることの罠」を3つ目(第4章)、腐敗により行政機構が機能して行かない「劣悪なガバナンスの罠」を4つ目の「罠」(第5章)としてそれぞれ挙げています。

お薦めどころ2:最適で現実的な方法の提示、

 以上の統計研究による成果を踏まえて、著者は最貧国が現状から抜け出すための施策を考え抜き次々と提示してゆきます。その提示の仕方が(1)援助一本槍ではなく、タブー視されがちな方法にまで踏み込んで多彩に提示していること(2)被援助国の状況にあわせて採るべき施策を変えたり組み合わせたりすることを提唱する等の細かな工夫がなされていたり、解決すべき問題を絞り込んだ柔軟かつスピーディな施策を要求したりしている点、本書を現実味あるものにしています。
 例えば、前記(1)に関わるところでは、紛争の早期終結と虐殺の拡大を防ぐために時として軍事介入も躊躇うべきではないとし(第8章)、また天然資源や規制により不可避的に発生する最貧国政府の腐敗の根を断ち切らせるため、テーマ毎に国際憲章を作りガバナンスを実効性あらしめる(第9章)こと等を提唱していることが挙げられます。
 また前記(2)に関するところでは、紛争終了直後は、資金援助を行ってもガバナンス未整備故に無駄になる(それどころか援助金狙いの軍部のクーデタを誘発しかねない)のでスキル供与やガバナンス確立のため資金をなるたけ使わない援助に特化し、ある程度不正や援助金の使途等を監視できる体制確立後に成長を増進するための資金援助を長期継続するべきとしている点(第7章)や、先行したアジア諸国が支配する労働集約型産業市場へ最貧国が割って入るべくアジア諸国向け関税障壁が残っている今のうちに最貧国に向けた先進国の関税障壁をいち早く撤廃すべきとしている点(第10章)等を挙げることが出来ましょう。

お薦めどころ3:自律的な経済成長を行うようになるまでを目標とする

 大事なのは、本書で提示されている救済策は、あくまで最貧国が停滞状態を脱し、「成長する」途上国と同様、自律的な経済成長の軌道に乗ることに向けられている点にあります。第6章で最貧国が1980年代以降世界を覆った成長のサイクルに乗り遅れた様子と理由を詳述したあと、第7〜9章で先に見た各種施策の提言を行い、第10章で改めて成長を促進する「輸出多様化」のための方策を数多く打ち出しているように、本書の構成自体がそのことを示しています。
 著者が、経済成長とその前提となる貿易拡大をいかに重要視しているかは、貿易がもたらす便益を知的怠惰ゆえに理解しようとしない先進国の援助団体や自国製品を海外市場へ向けて自国民が売り出す努力を台無しにする最貧国の「エリート」達を怒りもて糾弾している点でも明らかでしょう(P.304「非現実な反グローバリズム主義者のロマンチシズムと第三世界のいかさま師との結託」と表現)。とかく他の論者への挑戦的姿勢が目につく最終章がネット上では話題になっているようですが、そこへ行き着くまでの議論の過程こそが著者にそのようなスタイルを取らしていることを理解しておくべきだと思います。

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