グローバリゼーションを擁護する ジャグディシュ・バグワティ/日本経済新聞社

本書の意義

 国境を超えた人・物・金・情報etc.の行き来が拡大していくことは、人々の生活を豊かにするのか?
 戦後同程度のレベルから出発し開放経済の優等生となった韓国と閉鎖経済体制を取り続ける北朝鮮それぞれの現在の国情を比較するなら、直感的に肯定する方が良さそうです。一方で、サミットやG8の度にグローバリゼーションが地球規模の格差を生み出しているとアジるデモが会議場を取り囲みます。対象が広いうえに、正反対の意見が対立するので非常に見通しがつけにくい論点と言えるでしょう。
 そこへ「グローバリゼーションは、適切に管理さえすれば人類を幸福へと導く最強のツールになりうる」として高名な国際経済学者である著者が著したのが本書です。著者はインド出身のコロンビア大学教授。国際機関における政策立案にも携わり、各国の政権中枢に通じ環境問題などを扱う国際NGOにも顔が広い人物です。途上国と先進国、学問と実務そして政府機関と非政府機関というように相対立するように思えるカテゴリのいずれにも通じておられる点、この問題を読み解くのに打って付けの人物であることが推察できるでしょう。

お薦めどころ

 本書のお得なところは、貧困、女性問題、労働問題、環境問題、文化摩擦、知的所有権、国際金融、移民等およそグローバリゼーションに関連づけて論ぜられる問題を悉皆取り上げそれらについて丁寧に検討しているところでしょう。概ね、世間で通用しているそれらの問題についての「思い込み」を膨大な実証研究を引用する等して誤りを正し、さらに妥当とされる処方箋を示すという形で進行してゆきます。
 例えば、「多国籍企業が途上国現地の工場において低賃金かつ劣悪な条件で労働者を雇用している」(いわゆるスウェットショップ)という告発に対し、それら工場は進出先の国の中では高賃金・好条件で働ける職場とされており、上昇志向があるため勤勉かつ長時間労働を厭わない働き手(ちょうど日本の高度成長期の労働集約型の工場で多く見られた)を数多く惹きつけていることを示しています。むしろ、途上国における労働慣行や経済レベルをまるっきり無視して、製品を自国市場から締め出すことをチラつかせ自国に近い労働条件を相手側に押し付けることを図る先進国の労働組合や人権団体は、途上国では話の判らぬ「新しい帝国主義者」として忌み嫌われているとのこと。
 また、東南アジア等で使われているエビ漁網がウミガメを捕獲するおそれがあるので、それらの国々からのエビ輸出規制をWTOに働きかけるロビイングを行った環境保護団体について、ウミガメが網にかからなくする装置を購入して与えた方がよっぽど確実かつ安上がり(エビ禁輸はそれを採って生活を立てている途上国漁民の生活をまず直撃します。すなわち装置購入/発送/取付費<漁民の生活に与える損害)ではないかと指摘しています。
 さらに、貿易自由化と併せて調整支援プログラムの必要性に言及する(施策未整備の途上国については先進国や国際機関から整備に向けた支援の必要性)など、グローバリゼーションが引き起こす短期的なマイナス効果とそれに対する処方箋にもきちんと目配りしています。

感想

 上記の二例は、人権団体や環境保護グループがWTOという本来互恵的な自由貿易体制を目的とした機関に、労働環境改善(ILOという立派な国際機関がちゃんと存在する!)や生物保護を解決させようとしたお門違いな事例です。いやもっと言えば自ら手を汚さず(ワシントンやジュネーブでのロビイングには湯水の様に金を投じていますが)自らの行為によって生じた損失を途上国に押し付けて恬然としている点で「恥知らず」と形容しても良いでしょう。双方とも落ち着いて考えれば経済学的知識以前の常識レベルで誤っていると判断できる感が否めなくありません。しかし国際機関においてすら堂々と罷り通る所を見ると、様々なトレードオフを考慮に入れながら「複雑な現実」に働きかけねば全体の経済厚生を損ねてしまう恐れがあるとする経済学的思考(本書226頁)はいとも簡単に無視されてしまうというのが実感です、特に正義感をもって声高に発せられる主張を前にしては。

将来へ向けた教訓

 バグワティ教授は、賃金問題では先進国企業を弁護していますが、知的財産権の問題では自身の権益保護の為これまたWTOに働き掛け、アフリカ等への安価なエイズ薬の普及を妨げる欧米製薬企業の振る舞いを弾劾しており、その立場は公平であり一貫していると言えます。
 結局、グローバリゼーションに関わる各機関・企業に、自らが責任持てる分野外で害悪*1を撒き散らすのを止めさせ、人々の厚生拡大に向け節度ある態度をとらせる、所謂「ガバナンス」を如何に構築してゆくかが、今後のポイントになってゆくと理解しました。すなわち、
 (1)先進国政府は、農産物を中心に貿易障壁を撤廃したり、途上国の貿易・資本移動自由化に向けた体制整備に協力したりする等グローバリゼーションから取り残されがちな途上国をその輪に入っていけるよう努める。
 (2)途上国政府は、狭い国内市場だけを相手にする輸入代替政策ではなく全地球市場を相手にする輸出促進政策こそが自国の経済成長に資することを理解し、先進国や中進国の成功・失敗事例に学びまたそれらの国々に積極的にノウハウ移転のための支援を求める。
 (3)WTO世界銀行そしてIMFといったグローバリゼーションに密接に関わる国際機関は、先進国の企業、労働/環境等の各種団体によるロビイングによりそれぞれが果たすべき役割を歪められることのないよう努め、(2)の途上国の努力を積極的に後押しする(例:IMF/途上国の金融危機に際しては「最後の貸し手」として積極的な金融緩和で臨む、世銀/農産物輸出によりこれから国際市場に入っていく国々に対して生産奨励と共に農民向け価格支援プログラムを実施することを促し、その作成に協力する等)
 (4)労働/環境等を扱うNGOは、その持てる正義感を発揮して具体的に生じている不都合な事態の解決に動くのは当然として、その手段については自らがコントロールできるもの(例えば、言論による告発等)に留め、貿易制裁や貿易障壁がもたらす害悪について知り、自分達が取り扱うジャンルの問題を解決する手段になり得ないことを認識する。
 (5)国際市場で活動する企業は、途上国を中心に新たな雇用機会の提供、技術移転や進んだ環境水準の移転を行うのは当然として、(4)で見たNGO同様、自分達の利益確保の手段として貿易制裁や貿易障壁を用いることを行わない。
 バグワティ教授は、ガバナンス構築については上記のように方向性を示すだけですが、具体的な方法については各機関・企業が第一義的に取組むべき課題ですので本書が取り扱うべき範疇を超えていると思います。一つだけ思い当たる方法があるとすれば、マスコミ等による報道も含めた組織の透明性の確保が、特に国際団体やNGO(納税者や議会のチェック受ける政府や株主・消費者等によるチェック受ける企業と対比せよ。ただし、途上国政府は先進国と比べ監視の目が弱いのが事実)に必要になって来るでしょう。
 総論・各論含めグローバリゼーションを論ずる際には避けて通れない本。おすすめ。

グローバリゼーションを擁護する

グローバリゼーションを擁護する

 

*1:これって経済学でいう「外部不経済」に当たるんだろうな。とすれば「害悪」を垂れ流させないための適切なインセンティブ設計が重要になると。