ダメな議論 論理的思考で見抜く 飯田泰之/ちくま新書

 再読。読むだけ無駄な議論や論考を見抜きスルーするために、以下にメモ。文冒頭の数字は章。

はじめに
  「誤った」「無用な」「有害な」議論を選りだすことで、より「正しく」「有用な」ものを残してゆくという手法を取る。

1.常識は「何となく」作られる
 ・誤った見解、無内容な主張が世の「常識」と化す理由→人は自分にとって都合が良いか、気分に適う主張を好む。そして自らを安心させようとしてそういう主張を好んで読むのでさらに「信念」が強化されてゆく。また、世の中が支持する主張に乗っかってゆく方が手間かからず、たとえ外れてもみんなが一斉にこけてくれるので、一人だけ外れたときに比べて社会的損失が少ない。
 ・コミュニケーションツールとしてのコールドリーディング(占い師や宗教家が多用する手法)。(1)相談者と「肌のあう空間」(ラポール)を築き(2)信頼関係をより深めるため、誰にでも当てはまる問い掛け(ストックスピーク)を連発し(3)微妙な否定形(サトルネガティブ)や微妙な質問(サトルクエスチョン)を繰り返すことで相談者の悩みの核心に迫り(4)そのうえで精神論や具体的数字を示さない無内容な未来予言を相談者にする。以上のようなステップを踏んだ表現活動は論理や客観的データ以上に大きな力を持つことがありうる。
 ・特に政策や社会風潮への提言は、投資へのアドバイス等個人に関わるものと違い、素朴なプラグマティズム(「そんなことしたら損しますよ!」等)による防波堤が期待できない弱点を持つ。

2.ダメな議論に「気づく」ために
 ・最も単純な対処法は、コストや損得勘定といった金銭面の問題に注意を向けること。しかし、政策や社会問題への提言は直接的に話者の財布に影響を及ぼすものではない(例:BSE問題に端を発する牛肉輸入規制による社会的損失は一人当たりに均せば微々たるもの)
 ・政策や社会問題について「正しい」認識を個人が持つようになるには、個人レベルでは負担が大きすぎるので、教育による効果が最も期待できる(外部効果)。しかし、社会人には最早それは期待できそうもない。
 ・そこで手っ取り早く見分けるための5つのチェックポイントを下記に提示する。
チェックポイント1:単純なデータ観察で否定されないか。
 例:少年犯罪増加、タバコの税負担 
(対策)時間がなくてもgoogleでかなりのことが把握できる。
チェックポイント2:議論の出発点となる言葉について定義の誤解、定義づけに失敗はないか。
 例:経常収支の恒等式、「景気の拡大」
 (対策)自分が知らない用語が出てくれば、きちんと確認しましょう。使うときも同様です。
チェックポイント3:無内容、反証不可能な言説ではないか。漠然とした誰もが納得できる言い回しが用いられていないか。
 例:「ゆとり教育」、「生きる力」を目標とする教育政策
 (対策)そのような言説が出てきたら相手にしない、相手にするだけ時間のムダ。
チェックポイント4:実証的な分析のない比喩と例え話だけに支えられた主張になっていないか。
 例:アネクドート経済学(三輪芳朗)
 (対策)主張されている事柄と逆のことがないか自分で考えてみる。
 例:産業政策成功論←行政が介入していって衰退した産業、行政が不介入もしくは行政に敵視されたのに成功した産業はないか。
チェックポイント5:難解な理論によって不安定な結論がもたらされていないか。
 例:前提について説明のないまま、「シカゴ大学の××教授によると」と引用
(対策)理論の妥当性検証には、基礎知識が不可欠なのが原則。しかし、その理論を用いる前提となる事柄がしっかりと説明されているか否かを見ることで、その理論が「お飾り」として用いられるかどうかがチェックできる。
・ 政策提言の場合のチェックポイント:その政策のマイナスポイントについて目配りしているかどうか。その政策が失敗したときどうするのかというコンテンジェンシープランが有ると信頼性はさらに増す。

3.予想される「反論」に答える
 定義の明確化で無内容な言説を避け、さらに数値データで客観性を担保する必要性を本書では強調している(社会科学の基礎中の基礎)
 (反論1)GDPというデータでは「真の豊かさ」は測れない。データは現実を様々に取捨選択したものであって真実を表わすものではない。
 (応答)「真の」とは何を意味するのか。それを検証するだけで時間がかかってしまい、不完全ではあっても事態
 改善可能な政策を実施するのが間に合わなくなるおそれがある。また、GDPなどの指標には確かに外的要因でプラスマイナスに振れたり、算出にバイアスがかかったりするが、それらが経験等に基づき補正できるものであれば、使用することを否定すべき根拠はない。重要なのは「より適正なデータの取り方は何か」を論ずることであり、それを検討することなしに、データ検証を全面否定することは、議論を潰すネガティブな効果しか生まない。
 (反論2)データ分析という手法は総合的でなく事態の根本的解決には役立たない。
 (応答)(1)問題を適切に切り分け(2)個々の用語の定義を明確化し(3)切り分けられたパートごとにデータ検証を行うべし。なぜなら、人間が用いることのできる時間とリソースは有限なので、問題解決には細分化・簡便化するのが有効であるからだ。
 (反論3)あなたの提言は間違っているが故に自説が正しい。
 (応答)両説に排中律が成立していない限り成り立たない。よって耳を貸す必要なし。
 (反論4)あなたの分析は概ね正しいかもしれないが、100%正しいとは限らない(虚無論法)。
 (応答)常に成り立つ論であるが故に無内容。So What?
 (反論5)その政策で全てが解決されるわけではない。
 (応答)ティンバーゲンの定理「X個の経済目標達成のためにはX個の経済政策が必要」
    マンデルの定理「課題達成のためには最も有効な(低コストの)手法を用いるべし」
  →完全解を求めようとする姿勢が、リスク少なくコンテンジェンシー伴う政策を排してしまい、問題解決を遅らせかねない。
 (反論6)その政策は「自然な」「通常の」状態に反する。
 (応答)「自然」とは?「通常」とは?その言葉の中に論証不可能な「正しさ」を含めている故に、同義反復を行っているにすぎない。
 (反論7)論者は○○だから耳を貸せない。
 (応答)orz こういう属人論法は最も愚劣。

4.現代日本のダメな議論
 (例1)ニート増加、凶悪化する少年犯罪で枕を振って「夢の喪失」がこういった若者問題をもたらしているという議論
 チェックポイント2:「夢」の内容が無定義
 チェックポイント1:少年犯罪凶悪化データ観察できず
 チェックポイント4:物質的満足が夢をなくすという論法も陳腐かつ情緒的
 (例2)若者の不正規就業者の増加を、「働くことを忌避する」現代の若者の意識に原因を求め、その意識改革を訴える主張
 チェックポイント2:NEATの本来の定義と「就業の意思がない」を要件に含める日本版ニートの定義といずれが用いられているか不分明
 チェックポイント1:若年無業者のうち求職型が増えている調査や若年無業者への意識調査からは「働くことを忌避する」若者が増えていることは伺えない。
 (例3)日本の物価は諸外国に比べて割高であり、’90年代後半からのデフレはそれを是正するものとして歓迎すべき事柄であるとする論
 チェックポイント4:論者の海外旅行の経験等、個別体験が強調されている
 チェックポイント1:’85以降の内外価格差の拡大・縮小のほとんどが為替レートの変動で説明できる
 →内外価格差を縮める円安は国内のインフレ要因であり、ここからも「良いデフレ」論に反駁できる。
 (例4)天ぷらそばの原材料の大半が海外から輸入されているものであることから、食糧安保の見地から警鐘を鳴らし、食糧自給率の向上を訴える論
 チェックポイント1:最終消費者が天ぷらそばに支払う価格のほとんどが、加工やサービス・流通マージンなど「国産」のもので占められていることを意図的に無視している
 政策提言のチェックポイント:食糧自給率向上論の論拠を(1)中印を始めとする新興国の食糧輸入増加等が将来需給の逼迫をもたらすリスク回避(2)食糧輸出国が政策的に日本への輸出をストップするリスク回避、の2つに分け、(1)について食糧は需給逼迫で増産されうる市場商品であること、(2)について輸入がストップすることは世界大戦など極端な事態を想定しないと起こりえないとし、共にコストに見合うベネフィットが得られない拙い政策とする。
 (例5)国債・地方債など国の「借金」が積み上がっていることから、財政破綻について警鐘を鳴らし「思い切った」財政緊縮を促す論
 チェックポイント2:日本の国債・地方債はほとんど国内で賄われており(国民にとっては資産)対外的に「借金」している状況にはない(対外純負債は▲185兆円で債権国である日本)←「借金」の定義があいまい故に起こった過ち
 チェックポイント4:国の財政事情を家庭のそれに喩える過ちを犯している
 チェックポイント3:「思い切った」を定量的にきちんと示すのは困難なことであり、その結果財政事情が好転したら「施策が良かったから」と言え、悪化すれば「とるべき施策をとらなかったから」と結果から後出しで何とでも言えることを許してしまう。

5.怪しい「大停滞」論争 今までの応用編として
 (例1)バブルをもたらしたとして、株・債券取引や企業買収を「虚業」「ゲーム」として罪悪視し、’90年代以降の「大停滞」はそれらによってもたらされた反動として当然視(「山高ければ谷深し」)する見解
 チェックポイント2:「虚業」「ゲーム」など価値判断を定義に予め入れてしまっている
 チェックポイント4:価値判断に則った定義づけの結果として、「株式取引がゲーム」など反証不可能な設問を導き出してしまっている
 チェックポイント1:住宅・株式投資に起因するバブルは先進国に普遍的に見られる現象であるが、バブル以降の停滞がここまで拡大・長期化したのは日本だけの現象→「山高ければ谷深し」は自明ではない
 (例2)不況によってこそ老廃した産業は淘汰され、新興産業は鍛えられる(創造的破壊)。また、行政による市場介入はこのような創造的破壊を邪魔するので、不況においても金利下げや財政出動などの金融・財政緩和策を取るべきではないとする見解
 チェックポイント5:創造的破壊はシュンペーターの論。不況期では、むしろ経営基盤の強固な既存企業が生き残り易く、基盤が脆弱な新興企業ほど淘汰され易いことが実証(カバレロ他)されており、「創造的破壊」は否定されている。
 (例3)「国際競争力」の衰退による日本の経済的地位低下を嘆き、その打開のため円をドル・ユーロのようなアジアにおける基軸通貨化を訴える論
 チェックポイント2:「国際競争力」には学術的に明確な定義があるわけではない。マスコミを賑わすランキングは製作者によって様々な指標について恣意的な重み付けがなされた結果に過ぎない
 政策提言のチェックポイント:マンデルが提唱した「最適通貨圏」の考えによれば、異なる地域が共通通貨を持つことにメリットを見出すのは、「生じる経済ショックが似通っている場合」である。現にユーロ導入後、経済的に成熟した独仏伊等と成長国たるアイスランドポルトガル等で同一の通貨政策を強いられる不都合が発生している。日本がアジアで共通通貨を持つメリットは見出し難い
 (例4)みかけだけの経済成長に溺れてきたのが従来の日本であって、停滞を抜け出すため金融緩和を進めることは日本を再びそのような無意味な成長へと駆り立てる元となるので反対する見解
 チェックポイント2:「経済成長を無意味」とする論調はあいまいであり
 チェックポイント3:定義づけをあいまいにする結果として、情緒的で聞き手の良心に媚びる論となっている
  ←経済成長の結果として、’70から’90にかけ日本の一人当たりの実質GDPは2.3倍となっている。成長の結果、財・サービスが確実に増したことをどう受け止めるのか
 (例5)金融・財政政策や構造改革によっては「大停滞」から脱することは適わず、却って「信頼関係」を損ね国民の「不安」をいや増した。そこで財政については支出規模をGDPの一定割合とし、貨幣流通量についてもその時の経済状況に応じたものにするべく金融政策を最適化すれば良いとする論
 ・データを扱う際には逆方向にも検討してみよう。すなわち、「大停滞」が深刻だったからこそ、並みの金融・財政政策では効果があげにくかったのではないかという視点
 →ここから「大停滞」期中の引締め時に景気がどうなったかを調べようとする発想が生まれる
 ・財政支出についてGDPの一定割合としてしまうことは、好況に支出を増し、不況では支出を減らしてしまう。従って景気の振れ幅を大きくしかねない非常に拙い政策結果がもたらされる。提言中の金融政策についても同様の指摘可能
 チェックポイント2and3:「不安」「信頼感」という定義づけ不能な言葉を用い、反証不能な議論をもたらしている。
 

ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)

ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)