実効為替レート(名目・実質)とそれぞれの関係

 http://d.hatena.ne.jp/econ2009/20081024/1224858048  econ2009さんのエントリーの追記に基づき確認してみる。
 http://www.boj.or.jp/type/exp/stat/exrate.htm  以下は左の日銀HPからほぼ丸写し
 日本円と米ドルをそれぞれ自国通貨として使う二国しかないと仮定
(名目為替レートとは)
  基準時点での外貨建て名目実効為替レート:1円=0.01ドル(100円=1ドル) 
  → この時点の表示を「100」とする
  邦貨建て名目実効為替レートが「1ドル=90円」に変化。「1円≒0.011ドル」となり。この時点の外貨建て名目実効為替レートは「110」へと上昇する。これを円高と称す。
(実質実効為替レートとは)
  物価調整後の実効為替レートを「実質実効為替レート」と言う。
  その他の条件は上記例と変わらないとして基準時点の日本の企業物価指数(CGPI)、米国の生産者価格指数(PPI)はそれぞれ「100」だったと仮定する。
  これを基準時点での外貨建て名目実効為替レートは「1円=0.01ドル」すなわち「1ドル/100円」によって算出されている。これをそれぞれの国の物価指数で調整すると「(1ドル/米国のPPI)/(100円/日本のCGPI)」となる。よって
 外貨建て実質実効為替レート=外貨建て名目実効為替レート×(日本のCGPI/米国のPPI) …(1)
となり、基準時点でのその表示は「100」となる。
  ここで他の条件はそのままで日本CGPIのみが「110」に上昇したと仮定する。数式(1)から「0.01×110/100」となり、実質実効為替レートは「110」へと上昇する。すなわち、日本のCGPIの上昇率>米国のPPIの上昇率であれば、外貨建て名目為替レートが円高に振れたのと同じ効果が得られる。
(名目実効為替レートの変化率と実質実効為替レートの変化率の関係)  
 式(1)から
  名目実効為替レート=実質実効為替レート×(米国のPPI/日本のCGPI)
 が得られ、それを微分すると
  名目実効為替レートの変化=実質実効為替レートの変化+(米国のPPI/日本のCGPI)の変化
が得られ、ここから名目実効為替レートの変化に対する寄与を、「実質実効為替レートの変化」によるものと「(貿易相手国の物価水準/日本の物価水準)の変化」(すなわち相対物価の変化)によるものに要因分解することが可能になる。
(ひとこと)econ2009さんもおっしゃるように、名目および実質実効レートの定義そのものから導かれる事柄。クルーグマン教授が「経済入門」で国際収支の恒等式に基づいて珍説をぶった斬ったことにも一脈通じるかも。頭が混乱するときは「定義」に今一度戻ってみる当たり前なことを確認した次第。それにしても、日銀のHPはざっと見ただけでも判り易くかつ勉強し甲斐がある内容ですね。日頃は文句ばっか言ってますが。

中国低層訪談録 廖亦武/集広舎・中国書店

 現代中国の下層社会に生きる人々の本音を聞き語りしたものを綴っている。ヒアリング時期は天安門事件以降の’90年代の各時期にまたがっている。2001年中国で出版されたが、著者の他の著作と同様たちまち発禁処分を受けた。
 本書では31人の語り手が登場するが、(1)出稼ぎ労働者、売春を営むホステス(三陪)や税負担軽減を目指し実情を告発して冤罪に陥れられた農民などのように情報を発信する手段・機会を持たない所謂「声なき民衆」(2)新進の文芸誌編集者や地方銀行の副頭取である等したが、反戦論を唱える・天安門事件を告発する等したため、地位を追われ投獄された「知識人」(著者もこちらに属する)というように大きく二つに分けることも可能だろう。

現代中国の底辺に見る悲惨と栄光

「声なき民衆」の中には、思わず蔑みの言葉が零れてしまいそうになる位前途に希望をなくし最低限のモラルを失った人物も登場する。農村のヨメ不足を自己正当化に使い、女性であれば「大学院生」でも騙すことに成功したと嘯く人身売買の男。子供は放っておいても「物乞い」して育つものだと言い放つ出稼ぎの男。中でも衝撃的なのは、迷信深い農村でハンセン病患者と誤診され生きながらに妻を村人達に焼き殺された農夫の話かもしれない。著者は、妻が殺された時の気持ちを語り手に問うのだが、彼は妻にかけられた「呪い」を解くには仕方がなかったと村人への感謝の気持ちすら漏らす。経済の開放も相当進んだ’90年代半ばにあった実話である。
 一方で自分の職や信条に誇りを持ちつつ動乱の人生を生き抜いた先達に対する著者の眼差しは暖かい。汲取り・清掃・排泄物の農村への運搬というように生涯を公衆トイレ管理に捧げた老人。様々な理由で損壊した死体に死化粧を施し遺族達に感謝されてきた死化粧師。彼等が己の職業人生を回顧する中で、清風運動、大躍進、文革、開放そして天安門といった政治的イベントが触れられており、それらが言わばノンポリな庶民にどのように影響しまた受け止められていたかを垣間見ることができるのも貴重である。
 知識人や元エリートへの聞き取りの内容は、その性質上やはり彼らがどのようにして「道を踏み外したか」が中心にならざるを得ない。麻薬で身を持ち崩した「自業自得」としか言えない例もあるが、開放がもたらした’80年代前半の比較的「明るい」ムードの中でつい全面戦争否定を発表したがために失脚した劉徳の例など、躓きの石はどこにでもあると嘆息せざるを得ない。上級地方組織の幹部が表明した「方針」を信じて地元の汚職を告発して逮捕された農民・闕定明の例もそうだが、「どこまでが許容されるのか」の範囲が恣意的で実にあいまいなのだ。
 そんな全体を萎縮させるムードの中で、自らの信念を貫き通せる人物の存在は感動的であり胸を打つ。長期間の「禁教」の後、ローマ教皇*1が信徒の唯一の精神的支柱であるという教義に忠実な故に共産党に従属する形でカトリック教会を復活させることに反対し続けた老神父・張剛毅。地主階級の出身であることを理由に結婚前の妻を迫害するよう迫る上司に「(党がそのような非道なことを要求するのなら)彼女を愛します」と言ってのけた馮中慈(ただし現代ではなく1957年の事件)。党を除名された馮はこのあと砂漠の果てに流刑された彼女を追いかけ一緒になる。

読み終わって見えてくるもの

 まず、権力の濫用や弱者に対する迫害に対する救済制度がいまだに貧弱で、またそのような事態を事前に食い止める制度の欠落もしくはそれらを助長するような制度の存在があげられるだろう。
 前者では、(1)手続保障が伴わず党・行政に従属する司法制度*2(2)行政に異議申立する手段・機会・実効性が保障されていない*3などがあげられ、後者では(3)政府や党から独立したマスコミの不在、本書の発禁が示すようにそもそも「表現の自由」「言論の自由」が未保障(4)私有財産や契約等私人間の取り決めを蔑ろにする風土*4(5)戸籍制度、単位*5制度、档案*6制度など、党が社会の隅々まで目を光らせる各種の精度が国民への抑圧を生み、また党(特に幹部層)と社会との間に緊張関係を生じなくさせている、等があげられよう。
 先に紹介した神父や元党員の行為が光輝くのも、人権保障の為の制度が貧弱な故に、ミラクルとも言える個人的抵抗に頼らざるを得ない状況がもたらした結果とも言える。
 また経済成長は中国の底辺層の生活水準の向上をもたらさなかったわけではないことが改めて確認できたように思う。経済の市場化は人々を飢饉で「人肉を喰らう」悲惨な状況(本書「死化粧師」参照)から確実に遠ざけ、「今の一般的な生活水準は概ね解放前の地主程度の暮らし向きに匹敵」(本書「老地主」参照)する程度には上昇してきたのだ。もちろん所得格差は経済開放前と比べて開いていったのだが、本書の話し手のうち党幹部の腐敗や自分の主張が聞き届けられないことに対する憤りを露にすることはあっても、格差是正を叫ぶ人物が皆無に近いのは印象的であった。繁栄する沿岸都市や成功者との接触体験の少なさ(聞き取り先は主として四川省内)や日々の糧に追われる余裕のなさが、「羨む」気持ちを抑えていたのだろうか。西安など内陸主要都市でも工業化が進行しそれによる成功者が輩出している現在、本書の登場人物達はどのような感想を抱いているであろうか。
 それにしても「並み」の告発本と一線を画しているのは、話し手の人間的魅力を最大限引き出している著者の筆力である。否定的人物、例えば富裕層の子どもを身ぐるみ剥いで平然としている浮浪児についても、その個人的事情を描くだけではなく追剥することの「理」について主体的に堂々と語らせることで、「悪」が放つ魅力すら醸し出すことに成功している。先に見た抵抗者の聖性とあわせて、追い詰められた状況で現れるいささか極端なまでの人間の「栄光と悲惨」を味わうことができるのが、本書の最大の魅力であると思う。その魅力は体制の違いや生活水準の差を超えた普遍的なものであろう。どこか悠揚迫らぬユーモア溢れる文体も読み手に希望を伝えてくれる。

他の書評
 中国の「どん底世界」『中国低層訪談録』を読む矢吹晋氏)

中国低層訪談録―インタビューどん底の世界

中国低層訪談録―インタビューどん底の世界

*1:バチカン市国はいまだに中国と正式な国交を持たない数少ない国の一つである

*2:証拠・証人なしに実施される政治犯の裁判:本書「反戦反革命分子」参照、地方党書記の意向に沿わぬ不動産事業行う企業家・呂金玉(金ヘンに玉)を横領罪でっちあげて逮捕・起訴・有罪判決:本書「破産した企業家」参照

*3:首都や省都で有力者に訴える「上訪」という労力・時間のかかり不安定な手段しかないのが実情:本書「上訪詩人」参照、場合によって懲罰的な刑罰を喰らうおそれあり:本書「冤罪の農民」参照

*4:先にあげた呂は地方政府との間で締結した開発に関する契約を無視され、投獄後その財産は山分けされた

*5:生活保障機能と政治管理機能を併せ持つ学校、職場等のこと。かつての人民公社国営企業の工場などが典型

*6:国民一人一人の履歴、能力に始まり言動、交友関係、思想信条などを事細かく記した「身上書」。共産党の人事担当が管理

ダメな議論 論理的思考で見抜く 飯田泰之/ちくま新書

 再読。読むだけ無駄な議論や論考を見抜きスルーするために、以下にメモ。文冒頭の数字は章。

はじめに
  「誤った」「無用な」「有害な」議論を選りだすことで、より「正しく」「有用な」ものを残してゆくという手法を取る。

1.常識は「何となく」作られる
 ・誤った見解、無内容な主張が世の「常識」と化す理由→人は自分にとって都合が良いか、気分に適う主張を好む。そして自らを安心させようとしてそういう主張を好んで読むのでさらに「信念」が強化されてゆく。また、世の中が支持する主張に乗っかってゆく方が手間かからず、たとえ外れてもみんなが一斉にこけてくれるので、一人だけ外れたときに比べて社会的損失が少ない。
 ・コミュニケーションツールとしてのコールドリーディング(占い師や宗教家が多用する手法)。(1)相談者と「肌のあう空間」(ラポール)を築き(2)信頼関係をより深めるため、誰にでも当てはまる問い掛け(ストックスピーク)を連発し(3)微妙な否定形(サトルネガティブ)や微妙な質問(サトルクエスチョン)を繰り返すことで相談者の悩みの核心に迫り(4)そのうえで精神論や具体的数字を示さない無内容な未来予言を相談者にする。以上のようなステップを踏んだ表現活動は論理や客観的データ以上に大きな力を持つことがありうる。
 ・特に政策や社会風潮への提言は、投資へのアドバイス等個人に関わるものと違い、素朴なプラグマティズム(「そんなことしたら損しますよ!」等)による防波堤が期待できない弱点を持つ。

2.ダメな議論に「気づく」ために
 ・最も単純な対処法は、コストや損得勘定といった金銭面の問題に注意を向けること。しかし、政策や社会問題への提言は直接的に話者の財布に影響を及ぼすものではない(例:BSE問題に端を発する牛肉輸入規制による社会的損失は一人当たりに均せば微々たるもの)
 ・政策や社会問題について「正しい」認識を個人が持つようになるには、個人レベルでは負担が大きすぎるので、教育による効果が最も期待できる(外部効果)。しかし、社会人には最早それは期待できそうもない。
 ・そこで手っ取り早く見分けるための5つのチェックポイントを下記に提示する。
チェックポイント1:単純なデータ観察で否定されないか。
 例:少年犯罪増加、タバコの税負担 
(対策)時間がなくてもgoogleでかなりのことが把握できる。
チェックポイント2:議論の出発点となる言葉について定義の誤解、定義づけに失敗はないか。
 例:経常収支の恒等式、「景気の拡大」
 (対策)自分が知らない用語が出てくれば、きちんと確認しましょう。使うときも同様です。
チェックポイント3:無内容、反証不可能な言説ではないか。漠然とした誰もが納得できる言い回しが用いられていないか。
 例:「ゆとり教育」、「生きる力」を目標とする教育政策
 (対策)そのような言説が出てきたら相手にしない、相手にするだけ時間のムダ。
チェックポイント4:実証的な分析のない比喩と例え話だけに支えられた主張になっていないか。
 例:アネクドート経済学(三輪芳朗)
 (対策)主張されている事柄と逆のことがないか自分で考えてみる。
 例:産業政策成功論←行政が介入していって衰退した産業、行政が不介入もしくは行政に敵視されたのに成功した産業はないか。
チェックポイント5:難解な理論によって不安定な結論がもたらされていないか。
 例:前提について説明のないまま、「シカゴ大学の××教授によると」と引用
(対策)理論の妥当性検証には、基礎知識が不可欠なのが原則。しかし、その理論を用いる前提となる事柄がしっかりと説明されているか否かを見ることで、その理論が「お飾り」として用いられるかどうかがチェックできる。
・ 政策提言の場合のチェックポイント:その政策のマイナスポイントについて目配りしているかどうか。その政策が失敗したときどうするのかというコンテンジェンシープランが有ると信頼性はさらに増す。

3.予想される「反論」に答える
 定義の明確化で無内容な言説を避け、さらに数値データで客観性を担保する必要性を本書では強調している(社会科学の基礎中の基礎)
 (反論1)GDPというデータでは「真の豊かさ」は測れない。データは現実を様々に取捨選択したものであって真実を表わすものではない。
 (応答)「真の」とは何を意味するのか。それを検証するだけで時間がかかってしまい、不完全ではあっても事態
 改善可能な政策を実施するのが間に合わなくなるおそれがある。また、GDPなどの指標には確かに外的要因でプラスマイナスに振れたり、算出にバイアスがかかったりするが、それらが経験等に基づき補正できるものであれば、使用することを否定すべき根拠はない。重要なのは「より適正なデータの取り方は何か」を論ずることであり、それを検討することなしに、データ検証を全面否定することは、議論を潰すネガティブな効果しか生まない。
 (反論2)データ分析という手法は総合的でなく事態の根本的解決には役立たない。
 (応答)(1)問題を適切に切り分け(2)個々の用語の定義を明確化し(3)切り分けられたパートごとにデータ検証を行うべし。なぜなら、人間が用いることのできる時間とリソースは有限なので、問題解決には細分化・簡便化するのが有効であるからだ。
 (反論3)あなたの提言は間違っているが故に自説が正しい。
 (応答)両説に排中律が成立していない限り成り立たない。よって耳を貸す必要なし。
 (反論4)あなたの分析は概ね正しいかもしれないが、100%正しいとは限らない(虚無論法)。
 (応答)常に成り立つ論であるが故に無内容。So What?
 (反論5)その政策で全てが解決されるわけではない。
 (応答)ティンバーゲンの定理「X個の経済目標達成のためにはX個の経済政策が必要」
    マンデルの定理「課題達成のためには最も有効な(低コストの)手法を用いるべし」
  →完全解を求めようとする姿勢が、リスク少なくコンテンジェンシー伴う政策を排してしまい、問題解決を遅らせかねない。
 (反論6)その政策は「自然な」「通常の」状態に反する。
 (応答)「自然」とは?「通常」とは?その言葉の中に論証不可能な「正しさ」を含めている故に、同義反復を行っているにすぎない。
 (反論7)論者は○○だから耳を貸せない。
 (応答)orz こういう属人論法は最も愚劣。

4.現代日本のダメな議論
 (例1)ニート増加、凶悪化する少年犯罪で枕を振って「夢の喪失」がこういった若者問題をもたらしているという議論
 チェックポイント2:「夢」の内容が無定義
 チェックポイント1:少年犯罪凶悪化データ観察できず
 チェックポイント4:物質的満足が夢をなくすという論法も陳腐かつ情緒的
 (例2)若者の不正規就業者の増加を、「働くことを忌避する」現代の若者の意識に原因を求め、その意識改革を訴える主張
 チェックポイント2:NEATの本来の定義と「就業の意思がない」を要件に含める日本版ニートの定義といずれが用いられているか不分明
 チェックポイント1:若年無業者のうち求職型が増えている調査や若年無業者への意識調査からは「働くことを忌避する」若者が増えていることは伺えない。
 (例3)日本の物価は諸外国に比べて割高であり、’90年代後半からのデフレはそれを是正するものとして歓迎すべき事柄であるとする論
 チェックポイント4:論者の海外旅行の経験等、個別体験が強調されている
 チェックポイント1:’85以降の内外価格差の拡大・縮小のほとんどが為替レートの変動で説明できる
 →内外価格差を縮める円安は国内のインフレ要因であり、ここからも「良いデフレ」論に反駁できる。
 (例4)天ぷらそばの原材料の大半が海外から輸入されているものであることから、食糧安保の見地から警鐘を鳴らし、食糧自給率の向上を訴える論
 チェックポイント1:最終消費者が天ぷらそばに支払う価格のほとんどが、加工やサービス・流通マージンなど「国産」のもので占められていることを意図的に無視している
 政策提言のチェックポイント:食糧自給率向上論の論拠を(1)中印を始めとする新興国の食糧輸入増加等が将来需給の逼迫をもたらすリスク回避(2)食糧輸出国が政策的に日本への輸出をストップするリスク回避、の2つに分け、(1)について食糧は需給逼迫で増産されうる市場商品であること、(2)について輸入がストップすることは世界大戦など極端な事態を想定しないと起こりえないとし、共にコストに見合うベネフィットが得られない拙い政策とする。
 (例5)国債・地方債など国の「借金」が積み上がっていることから、財政破綻について警鐘を鳴らし「思い切った」財政緊縮を促す論
 チェックポイント2:日本の国債・地方債はほとんど国内で賄われており(国民にとっては資産)対外的に「借金」している状況にはない(対外純負債は▲185兆円で債権国である日本)←「借金」の定義があいまい故に起こった過ち
 チェックポイント4:国の財政事情を家庭のそれに喩える過ちを犯している
 チェックポイント3:「思い切った」を定量的にきちんと示すのは困難なことであり、その結果財政事情が好転したら「施策が良かったから」と言え、悪化すれば「とるべき施策をとらなかったから」と結果から後出しで何とでも言えることを許してしまう。

5.怪しい「大停滞」論争 今までの応用編として
 (例1)バブルをもたらしたとして、株・債券取引や企業買収を「虚業」「ゲーム」として罪悪視し、’90年代以降の「大停滞」はそれらによってもたらされた反動として当然視(「山高ければ谷深し」)する見解
 チェックポイント2:「虚業」「ゲーム」など価値判断を定義に予め入れてしまっている
 チェックポイント4:価値判断に則った定義づけの結果として、「株式取引がゲーム」など反証不可能な設問を導き出してしまっている
 チェックポイント1:住宅・株式投資に起因するバブルは先進国に普遍的に見られる現象であるが、バブル以降の停滞がここまで拡大・長期化したのは日本だけの現象→「山高ければ谷深し」は自明ではない
 (例2)不況によってこそ老廃した産業は淘汰され、新興産業は鍛えられる(創造的破壊)。また、行政による市場介入はこのような創造的破壊を邪魔するので、不況においても金利下げや財政出動などの金融・財政緩和策を取るべきではないとする見解
 チェックポイント5:創造的破壊はシュンペーターの論。不況期では、むしろ経営基盤の強固な既存企業が生き残り易く、基盤が脆弱な新興企業ほど淘汰され易いことが実証(カバレロ他)されており、「創造的破壊」は否定されている。
 (例3)「国際競争力」の衰退による日本の経済的地位低下を嘆き、その打開のため円をドル・ユーロのようなアジアにおける基軸通貨化を訴える論
 チェックポイント2:「国際競争力」には学術的に明確な定義があるわけではない。マスコミを賑わすランキングは製作者によって様々な指標について恣意的な重み付けがなされた結果に過ぎない
 政策提言のチェックポイント:マンデルが提唱した「最適通貨圏」の考えによれば、異なる地域が共通通貨を持つことにメリットを見出すのは、「生じる経済ショックが似通っている場合」である。現にユーロ導入後、経済的に成熟した独仏伊等と成長国たるアイスランドポルトガル等で同一の通貨政策を強いられる不都合が発生している。日本がアジアで共通通貨を持つメリットは見出し難い
 (例4)みかけだけの経済成長に溺れてきたのが従来の日本であって、停滞を抜け出すため金融緩和を進めることは日本を再びそのような無意味な成長へと駆り立てる元となるので反対する見解
 チェックポイント2:「経済成長を無意味」とする論調はあいまいであり
 チェックポイント3:定義づけをあいまいにする結果として、情緒的で聞き手の良心に媚びる論となっている
  ←経済成長の結果として、’70から’90にかけ日本の一人当たりの実質GDPは2.3倍となっている。成長の結果、財・サービスが確実に増したことをどう受け止めるのか
 (例5)金融・財政政策や構造改革によっては「大停滞」から脱することは適わず、却って「信頼関係」を損ね国民の「不安」をいや増した。そこで財政については支出規模をGDPの一定割合とし、貨幣流通量についてもその時の経済状況に応じたものにするべく金融政策を最適化すれば良いとする論
 ・データを扱う際には逆方向にも検討してみよう。すなわち、「大停滞」が深刻だったからこそ、並みの金融・財政政策では効果があげにくかったのではないかという視点
 →ここから「大停滞」期中の引締め時に景気がどうなったかを調べようとする発想が生まれる
 ・財政支出についてGDPの一定割合としてしまうことは、好況に支出を増し、不況では支出を減らしてしまう。従って景気の振れ幅を大きくしかねない非常に拙い政策結果がもたらされる。提言中の金融政策についても同様の指摘可能
 チェックポイント2and3:「不安」「信頼感」という定義づけ不能な言葉を用い、反証不能な議論をもたらしている。
 

ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)

ダメな議論―論理思考で見抜く (ちくま新書)

 

地球温暖化は止まらない S・フレッド・シンガー、デニス・T・エイヴァリー/東洋経済新報社

 同じ訳者の「地球と一緒に頭も冷やせ!」(ソフトバンククリエイティブ)が、人間の活動による温暖化が起こっているのを認めたうえでCO2削減が余りに経済的に割りが合わないことを説明するのに対し、こちらは科学的見地に基づき真っ向からCO2等温室効果ガス増加による温暖化を否定する。
 著者等による「温暖化」現象の説明はこうだ。
 ・CO2増加は温暖化の先行指標ではない。現在より産業化が緩やかだった19世紀から1940年代において温暖化が進行し、大気へのCO2の人為的放出が本格化し出した1950〜70年代においてむしろ気候は寒冷化したことを温室効果ガス説では説明できない。
 ・過去100万年にわたって地球の気候は大きくは1,500年周期で温暖化/寒冷化を繰り返してきた。これについては極地や海底から取り出された堆積物の調査、世界各地の歴史文献、年輪・花粉等の植物痕跡などあらゆる証拠が出揃っている。最近の寒冷期は14世紀から19世紀半ばまでの「小氷河期」であって、21世紀初頭現在はそこから緩やかに回復する途上にある。「小氷河期」直前の「中世温暖期」(10〜13世紀)等、現代よりも温暖な時期が度々あったことを忘れてはならない。
 ・このような気候の1,500年周期は、地球への太陽輻射の増減周期により説明がつく。
 論点とそれに対する結論は冒頭に示され、続く各章はそれらの論証に当てられているので少々うざったいのを我慢すれば論旨は飲み込み易い。

虚言を弄する“科学者”たち

 本書で注目されるのは、温暖化の原因やそれによる被害について、自説を守るために政治的に振る舞い、時にはありえないデータすらでっち上げる科学者の存在であろう。「気候1500年周期」を否定するために、歴史時代の気温をほぼ一定とし近年に入って急激に上昇するあたかも「ホッケーステック」のような形状のグラフを“捏造”したマン。温暖化による種の絶滅を主張する生物学者の中には以前発表したものと矛盾した発表をして平気な者もいる(クリス・D・トーマス)。気象学者に続いて海洋学者の中からも、温暖化に起因する海流の衰退による“寒冷化”(!)の危機に対応するのだとして、自分達に対する科研費の増加を要求する者も出てくる始末。
 こういった“科学者”による研究結果が、世の“常識”や気分に適うゆえに、マスコミや国際機関(IPCCなど)に積極的に取り上げられ、真っ当な研究結果よりはるかに注目される危険性に著者らは注意を促す。

あてにならないコンピュータ予測

 “科学者”が愚にもつかぬ予測データを量産し続ける背景として、本書はコンピュータによる分析が容易になり“机上”で予測モデルを作ることがはやるようになったことに原因の一端があるとしている。
 ただこれらのモデルは過去に実際にあった気候変動を全く説明できておらず、将来予測についても全くあてにならないとする。1週間後の株価予測や気候予測が全く読めない現状から、さらに長期で多数の要素を扱わねばならない気候予測がいかに困難なものであるか直感的にも理解できるのではないだろうか(将来予測のあてのならなさを豊富な例でもって紹介した本に「予測ビジネスで儲ける人びと―全ての予測は予測はずれで終わる」(ダイヤモンド社)がある。)。実際過去に起こったことであり豊富な根拠に裏付けられた「1500年周期」説とどちらが根拠あるだろうか、と著者達は問いかけている。
 この他、「温暖化」の得損やそれによる被害の実情等についても触れられており、かなりの部分が「地球と一緒に頭も冷やせ!」と重なる。ただ、「CO2の増加が植物の繁茂を促すので、農業生産にとってはプラスである」という説明は初見であり思わず膝を打った。

地球温暖化は止まらない

地球温暖化は止まらない

大都市の資格

 大都市にはモノと情報が集積し、それを追って人や企業が流入する。交通や文化が発達すると、社会的弱者を許容する余裕と寛容が生まれ、福祉受給者や外国人も引き寄せられる。つまり、都市の拡大によって多様性が増す結果、行政需要やコストも増大するのだ。


 北村亘(阪大) 「国は『大都市』絞込みを」 朝日新聞10月2日夕刊

 ホームレスや生活保護世帯の増加は、もちろん景気回復による全体的な底上げにより対応すべき事柄だが、現時点においてその都市のリソースが他地域と比べて相対的に豊かであることの証でもあるのだ。そして行政需要増大への対応がさらなる需要拡大につながる正のフィードバックを生み出すことをこの小論は言外に示している。
 北村氏はこの後、昼間流入人口が多く人口密集度の高い大阪市を例に出し市民から供される国税・府税の市への全面移管を説いている。

経済をみるときの視点

 規制緩和に限らず、経済をみるときには複眼的複合的な視点が必要です。需要と供給の両方を見ないといけませんし、企業経営者・労働者だけでなく消費者・利用者を、そして既存の人々に開かれている可能性を見なければいけません。規制緩和の問題は、規制緩和だけをみていてはわからないのではないでしょうか。


 若田部昌澄(早大)「規制緩和『景気低迷の元凶』説の嘘を暴く」 「月刊現代11月号」特集「日本経済の処方箋」P.186

 説明不要、他に何を付け加えろと。引用者が太字にした部分は、「地球温暖化」とか「年金財政」とか「スェットショップ」とかお好みにより置換えられるのでは。

日本経済再生の処方箋 月刊現代11月号/講談社

 「日刊現代」今日発売(Economics Lovers)
 日本経済再生の処方箋(月刊現代11月号)(Econviews-hatena ver.∞)
 発売日に購入、読了。身近な物価から対外関係までの主要論点を短時間で概観できるのがありがたい。一面的かつ皮相的に経済問題を捉えがちなマスコミの論調に棹をさすアンカー役が期待できます。
 各稿の共通項を次のようにまとめてみました。
 (1)非正規労働者の増加、タクシー運転手の賃金低下、餃子問題に端を発する中国産食品への忌避等など巷で取り上げられる社会問題の真因を探ると’90年代から続く長期のデフレであることが観察できる(田中、若田部、梶谷論文)。最近「インフレ」と報道される現象は、原油を始めとする一次産品価格の高騰に伴うもので、日本は依然デフレでありかつ再び深刻化しかねない瀬戸際にある(安達論文)。
 (2)これらの問題を解決しようとして例えば規制緩和を格差拡大の敵役視するような感覚的・情緒的な政策を選択してはならない。それは社会全体の厚生をむしろ害する可能性がある(田中、若田部論文)。また、先に見たように景気循環的要因によって引き起こされた現象であるので、デフレを食い止める為の積極的な経済政策、わけても金融緩和が根本療法となる(田中、安達論文)。
 (3)海外発の経済事象を対岸視したり警戒心をもって捉えてはならない。新興国への技術支援や最貧国に対する適正な援助など日本が世界に対して貢献できる余地は意外に大きいし、またそれはオイルマネーや米国の優れた経営手法を日本に還元する等、使い古された表現だが「WIN−WIN」の関係を築くことにつながる(上野、門倉、梶谷、藤田論文)。
 (4)社会の厚生を最適にする政策を選択する/できるようにするには、感覚的・情緒的な政策に惑わされない確かな知識を持った政治家を選挙で選ばねばならない。それは我々の民主主義の成熟度がどの程度なのかという問題に直結する(権丈論文)。日本より進んでいるように喧伝されて来た米国でも内情はお寒いものだ(上野論文)。
 以上の項目にまとめきれなかった論考(「社会保障を一般会計から完全分離せよ」(上村論文)、「時代のニーズにあわせた職業能力の蓄積のために『ジョブカード』の導入を」(原論文))もありますが、主として制度面から補完するもので上記項目に矛盾する内容ではないと思います。それにしても、米国のリセッション対応を「小出し」かつ「後追い」と結論づけた上野先生は本当にすごい。先月29日の米下院での安定化法案否決をまるで見越していたようなこのタイミングの良さ。
 一人でも多くの有権者、政治家に手を取ってそして手元において読んでいただきたい特集です。

月刊 現代 2008年 11月号 [雑誌]

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